アルコール病棟。

アルコール病棟では、規則正しい生活を送るように朝6時には各部屋一斉に電灯がつ きます。それと同時にみんなが一斉に起きて、まずナースステーションに行って抗酒 剤を服用します。この薬はアルコールを受け付けないようにする薬です。間違って抗 酒剤を飲んだあと、アルコールを飲むと薬がアルコールを拒否してしまい、大変苦し いめにあいます。何故入院中に抗酒剤を服用するかと言うと、3ヶ月の入院期間中に 習慣つけるためです。薬を服用したあと、断酒会会員は各自で体温を測り、その後全 員でグランドに出てラジオ体操し、マラソンが始まります。マラソンにもコースがあ り、そのコースを往復して帰って来るのですが、やはり抜け出して帰って来ない患者 さんもいました。そんな事もあってナースステーションに言って探してもらうんです が、見つからない事が多かったですよ。夕方になって、酔いつぶれて帰って来る患者 さんはまだ救いがありますが、永久に帰って来ない患者さんも中にはいました。マッ キーは、その時は一人の患者さんと一緒にグランドを3周していましたが。

それが済むと、会員は断酒会本部に集まり各部屋の人員の点呼を会長にして、一日の プログラムの知らせがありました。それから日誌当番の人が前日の一日の動きを報告 するのです。断酒会には、学習部・体育部・書記長という役員がいて一日の日課を決 めていくシステムがありました。マッキーも役員をしてた時期がありましたよ。それ は書記長補佐でした。書記長が忙しい時、変わりにみんなの意見を纏める事でした。 ワープロでやっていたんですが、「なんで、入院してまでこんな事しないといけない んだろう」と不思議に思っていましたが。それが日課の一部だったようです。朝の朝 礼終了まじかにみんなで『断酒の誓い』を大きな声で読むんですが、ここでもマッキー は「違う」という思いがあって真剣じゃなかったのです。簡単に言うと、病気の事を 受け容れていなかったのですよ。

マッキーが入院してた頃、週に1度回診があっていて、ドクターと退院の話をして、 退院していましたが、退院日が決定すると本部に連絡をいれなくてはいけませんでし た。それから本部から寄せ書きようの画用紙を各部屋に回して、みんな一言書いてい ました。マッキーも同じ日に退院する患者さんにメッセージを書いていましたが、も う随分前の事だから何を書いたか覚えていません。そうして、退院日の朝礼の時間に 壮行会をするんですが、会長さんが「3ヶ月の入院生活ご苦労さん。これからはくれ ぐれも飲まないように頑張ってください」とか各部屋長さんからも『送る言葉』をも らっていました。「もう、帰って来るなよ」とか「きつい時には、いつでもいいから 電話掛けて来いよ」とね。なんだか複雑な気持ちでしたけれど。

そうして、退院するんですが全く自分の病気の事を認めていなかったので、退院しても直ぐ飲酒行動に走っていました。入院生活の時、あれだけ「飲んではいけない」と言われていたんですが、どうしてもアルコールをやめる事は出来ませんでした。

この事は、後になって分かったのですが、退院しても「孤独感」に包まれてどうしても心理的に落ち込んで、自分一人の力だけではどうする事も出来なかったのです。その間、自助グループなんか参加していなかったので、おそらく寂しかったものだと思います。一人部屋に籠もって飲んだくれていたのです。マッキーは、あの当時一人ぼっちだったもんね。病院を退院してもそんな感じだったので、ずいぶん飲んで体力的にも、精神的にもかなり落ち込んで、再入院したのです。

どうにもならなくなって、病院に入院していくんですが、病棟に入って行くと何だかホッとしていました。入院仲間が快く受け入れてくれていたからたです。中には「帰って来るのが早い」と言われていましたが、それでも受け入れてくれていました。ヘトヘトになってるマッキーを看護師さんが、抱えてベッドに寝かせてくれていました。医者も看護師さんも「だから、言う事をきかないから」とブツブツ言われていました。生きる希望なんてなかったもんね。